※雲雀が女の子です注意!



 母の趣味はアンティークのレースを集めることだった。
 母自身のウェディングドレスをはじめ、ありとあらゆるレースやリネンがクローゼットの中に大切に仕舞いこまれていた。 彼女のレース狂いは有名で、屋敷にはたくさんのバイヤーや輸入業者が出入りしていた。彼らは母好みのものを見つけては せっせと足を運んだので、おかげでレースは増える一方だった。父はそんな母の道楽をただ笑って見ていた。
 レースが溢れてクローゼットにもチェストにも入りきらなくなったとき、母は細かな端切れをつなぎ合わせて二枚のシーツを縫った。 大小さまざまなレースが折り重なるそれは子供の僕が見てもとても美しいものだった。 縫いあがったそれは父と母の寝室を飾り、もう一枚は僕の部屋に大切に仕舞われた。そして母は僕を呼んで言った。 いつか運命の人と結ばれるときに使いなさい、と。
 それは柔らかな雨が降る淡く曇った初夏の日のことだった。

 それから十数年が経って君と出会ったとき、僕はすぐに君がレースの人なのだと気付いた。 まるで磁石と磁石が引き合うように、出会うべくして出会ったのだ。或るレース収集家の話  何度かデートを重ねて、そして季節がひとつ変わったころ、僕は君を家に招いた。 母の気に入っていたリネンのクロスにアイロンを当て、庭の花を花瓶に挿し、あのレースのシーツでベッドを包んだ。 それから君とキスをして、セックスをした。レースの波をほっそりとした足が泳ぐ。その光景をとても綺麗だと思った。
 そういえばその日も糸のような雨が降っていた。淡く曇った窓の外、しっとりと流れる部屋の中の時間。 弱い光に包まれて微睡む彼女が愛おしくて、どうにかしてそのままに留めておきたくて、僕はカメラを持ち出す。 古びたカメラは柔らかな肌を、レースに漂う黒い髪を写し取っていった。 何度目かのシャッターの音に彼女は瞼を持ち上げた。
「ちょっと、」
 身を起こした彼女はレースを胸元に抱き寄せて身を捩る。なめらかな曲線を描く体にまとわりつくレース、唇に浮かぶほほえみ。 ウェディングドレスにも似た姿に嬉しくなってもう一度キスをした。

 そうして撮られた何枚かの写真を僕は時々眺めてみる。 柔らかな肌のいろとアイボリィのレースはあの日窓を濡らしていた雨のように優しく温かい。
 かたりと音がしてふりむけば彼女がいた。僕は立ち上がる。
「また見ていたの」
 呆れたような声。けれど瞳は優しく笑っていた。
「だって綺麗ですから」
「そう。でも今はこっちを見てほしいかな」
 少し首を斜めに傾けて彼女は両手を広げる。さらさらと流れるレースがその体を包んでいた。
「綺麗?」
「ええ、とても」
 今はもう亡き母もきっと喜んでくれているだろう。まとう人を選ぶクラシカルなドレスを彼女は美しく着こなしていた。 身じろぎするたびに母のレースたちがさらさらと笑う。
 抱きよせた体、約束が輝く薬指、甘い瞳。そしてすべてを包み込むあまたのレース。 父と母もこんな風に心を交わしあったのだろうか、あのシーツの上で。だとすればそれはとても素敵なことだ。
 額を寄せあって鼻をくっつけて、見つめ合ってキスをする。肩に乗せられた白い手にはダイアモンドがきらめいている。 きっとなにものも僕たちを引き裂くことは出来ない。レースの魔法が僕らを守ってくれているから。 宴がはけたあと、レースの波は優しく僕らを包むだろう。いつの日か僕たちの子供もレースの海で愛する人と結ばれる日が来るのだろうか。 そうであればいい。喜びに満ちた幸せがそこにはある。

 淡く曇った窓の外では柔らかい初夏の雨が降っていた。




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