隣で身を横たえた彼の腕をそっと外して起き上がる。
眠る生き物の体温が高いのにもれず、彼の肌も暖かい。その温度がするりと離れていった。触れ合っていた肌が離れて、
それは同時に彼との離別を示していた。
そう、それが正しいかたちなのだ。自分と彼は交じり合ってはならないものだったから。今ならまだ間に合う。
いや、そう思い込みたいだけで本当はとうに手遅れだと知っていた。知っているからこそ、一刻も早くここから出て行かなくては
ならないのだ。ここはもう自分のいるべき所ではなかった。元よりいつだって居場所などなかったのだけれど。
猫のように丸まって眠る彼の唇から柔らかな吐息が零れていた。その唇に触れたいと叫ぶ感情を抑え込んで立ち上がる。
触れれば、きっとまた離れられなくなってしまうだろう。月明かりが差し込む小さな部屋を出ようとした時だった。
「どこに行くの」
不意に響いた硬質な声に振り返ると真っ黒な瞳がじっとこちらを見ていた。夜空のようなその瞳に映りたいだなんて、
そんなことを願ったことからして間違いだったのだ。
「元いた場所に戻るのですよ」
僅かに息を呑む音、そして瞳はぐらぐらと揺れた。賢い彼はたった一言で全てを悟ったのだろう。先ほど触れてしまいたいと
思った唇はいびつな形に歪んだ。
すべては過ちだった。彼を愛したことも、彼から愛されたことも。知りながら犯した禁忌の代償は彼自身なのだ。
「行かないで」
それは例えるなら器から水が溢れ出すような、そんな張り詰めた声だった。
「ねぇ、行かないでよ」
いいえ、ゆっくりと紡いだ言葉に水は呆気なく零れ落ちた。
そんな悲しい目を向けないで、僕を憎んでしまえばいい。
彼の憎しみを駆り立てるような惨い言葉を吐くべきなのに、それは叶わなかった。
気が付けば胸を占めるのは彼一人なのだ。もう、とっくに手遅れだった。
「世界を壊しに行くのです、そうしなければ僕が壊れてしまう」
憎んで憎んで、殺したいと思うほどに憎んでほしい。
「お別れです。けれど世界が終わりを迎える時は、その時は側にいてくださいね」
そうして、愛する君の手でこの生を終えることが出来たなら、それはなんて幸せなことなのだろうか。
きょうや、最後に呼んだ彼の名は祈りめいた響きを残して消えていった。
World End
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