やっぱり我が家が一番だ。寒空にぽっかりと浮かぶお月さまを見て佐助はうんうんと頷く。
 この3日ほど、佐助は出張で家を離れていた。仕事とはいえ都会に行くのは楽しいし、上司が一緒だから美味しいものも奢ってもらえる。 遊びに行くようなモンだと同じチームの元親なんかは喜んでいたけれども、普段が自炊派の佐助には都会の味付けは濃かったし、 ホテルの掛け布団が薄いのも堪えた。それにだ。家に大きな子供を残してきたことが気になって気になって仕方がないのだ。 旦那はちゃんとご飯を食べているのか、ちゃんと朝ひとりで起きれているのか、あれ?あのひと洗濯出来たっけ?
 そんなことがぐるぐると渦巻いて気が気じゃなかった佐助は仕事が終わりさぁ一泊、観光して帰ろうぜという話になったときに 真っ先に手を挙げた。
 すみません!おれ、帰らせてもらいます!
 付き合いが悪いと野次が飛ぶなか、元親がにやにやと助け船を出す。コイツ、家にでっかいわんこ飼っててソイツに会いたくて しょーがないんですよ。旦那って名前のなつっこい大型犬でね!目に入れても痛くないくらい可愛がってやんの。
 ブーイングはぴたりとおさまり(チームには愛犬家が多かったのだ)ダンナによろしくな、今度写真見せろよーという呑気な声に 押されて佐助は日付の変わる前に地元の駅にたどり着けたのだった。

 電気が煌々と付いていたからテレビでも見ているのだろうと思ったのだが、佐助を迎えたのは幸村ではなく煌々と照らされるリビング のゴミの山だった。
 すさまじい量のコンビニ弁当のプラスチック容器や食べ散らかされたお菓子の袋がもみくちゃになって放置されている。 部屋を間違えたのだろうか。冷蔵庫を開けてみればミネラルウォーターと牛乳の瓶といつも取っているヤクルト、そして半分かじりかけ の林檎がぽつんと転がっていた。バタンと閉じる。冷蔵庫の扉には猫の武将のマグネットが貼り付けてあり、その下にはゴミの日を メモした紙が挟んであった。佐助の字だ。間違いなく、ここは佐助の部屋だった。シンクの隅にあるのは某紅茶メーカーの蜂蜜である。 TEA HONEY 5000,DARJEELING THE 1st FLUSH.昨年の暮れに今年の干支の緑茶缶とセットで歳暮にきたそれ(うちの政宗さまが世話になった、 来年もよろしくな)は空っぽになって転がっている。嫌な予感がして砂糖壷をのぞき込めば、案の定、ない。 梅酒を漬けようと買っておいた氷砂糖も、ない。血の気が引くとはこのことだ。

 ばしゃんとバスルームから水の音がして呆然としていた佐助は我に返った。扉を開ければのんびりと湯に浸かった幸村がさすけ!と 明るい声を上げる。
「旦那!どーなっちゃってんのよ!まさかコンビニ弁当で3食終わらしてたんじゃないでしょうね?」
 幸村に料理ができるはずがないので、出張が決まったときにふたつ向こうに住む幼なじみに頼んでおいたのだ。 好物のとちおとめも手土産に持っていった。それが、このざま。
「竜の旦那に頼んでおいたでしょ?」
 途端に幸村がぶぅと膨れた。珍しい。幸村はこの少し年上の幼なじみに盲目と言っていい程の憧れを抱いている。
「ちゃんと馳走になりに行ったのだぞ。だが佐助の手料理が食べたいと言ったら帰れと追い出されてだな…」
「ばっかじゃないの!」
 あのプライドの高い竜の気に障るようなことをわざわざしたのだ。そりゃ、怒るだろう。
「仕方なかろう、佐助が出張など行くのが悪い」
「あのねぇ、俺様これからも仕事でそんなのたくさんあるの!いいかげんに家事のひとつでも覚えてよね!」
「離れたりするなど許さぬぞ!」
 いきなり幸村が大声をあげたので佐助は驚いて飛びのいた。ばしゃーと佐助の屈んでいたところにお湯がこぼれる。
「これ以上出張などあるのならば仕事など辞めればよい!佐助が働かなくとも養ってやる。佐助は毎朝味噌汁を作っておればいいのだ! そうだ、佐助の味噌汁が飲みたい!今すぐ飲みたい!」
 幸村はそう言い切った。素っ裸で。
 ぼふん!という音とともに佐助の顔はゆでだこになる。旦那は学生でしょ!とか味噌汁ってなんだよもっといいもの作って やってんじゃん!とか突っ込むところはたくさんあるがそのときの佐助はそれどころではなかった。ええっこれってプロポーズ? プロポーズだよね!プロポーズされちゃったよ俺!
「みっみみみ味噌汁の具、かってくる!」
 居たたまれなくなった佐助は財布を引っ付かんで家を飛び出す。
 エレベーターのボタンを押したはいいものの、真夜中に開いているスーパーはなく、コンビニに野菜は売っていない。 くるりと踵を返した佐助が伊達の家を急襲するまであと30秒。



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