もう幾度目になるかも知れない。慣れた仕草で男の目を覗きこんだ伊達は嗚呼、と息を漏らした。分かりきった、寧ろ今更と言って いいことだ。だからそれは確認と諦めと、ほんのすこしの失望を意味する溜め息だった。男は早死するだろう。 瞳の奥には怖ろしく不幸な香りが潜んでいた。

 伊達には前世の記憶がある。前世だけではない。その前も、その前の前の世も、己が何者でどのように生きたのか、物心付いたとき から死の間際まで、伊達は克明に思い起こすことが出来た。そのどれもに共通するのは伊達がある男と共にあったということだ。 そして男は伊達を置いて早くに世を去るのが常であった。いつの世もまるで定められたことのように男は短命だった。
 はじめ、戦の絶えない世で伊達と男は主従であった。あとは様々なかたちだったが、男と出合わぬ世などありはしなかった。 名も姿も千差万別だが、伊達は男を小十郎と呼び、男もそれを進んで受けいれた。男に伊達と同じ記憶はない。
 今の世でめぐり合ったのは三月ほど前のことだ。ある子爵に招かれた晩餐会で軍の幹部だと紹介された。男は黒の軍服姿で所在なげに 佇んでいたが、硬質な印象からはかけ離れたほど穏やかに笑った。その瞬間、何度目かも分からぬ恋が始まったのだ。 そしてもう男を好きになるのは止めようという伊達の、これもまた幾度目かも分からぬ決心もばらばらに砕かれてしまった。 いっそ、すべて忘れられたら楽だというのに。
 比べても詮のないことだが、今思えば始まりの世がいちばんましであったのだろう。伊達がまだ幼名で呼ばれていたころから男は側に いた。その死後、二十年あまりをひとり過ごすことになったが、病床につくまで男が伊達の側を離れることはなかった。 伊達と、主に付き従いその背を守る男をひとは双龍と呼んだ。そう、つがいのようなものであったのだ。どちらが欠けても成り立たぬ 寄り添うさだめのいきもの。伊達と男はひとつだった。





 ビロウドのようになめらかであたたかな夜の闇に、零れそうな満天の星がひしめいている。びっしりと空を埋め尽くすそれらは きいきいと耳障りな声で伊達を笑った。朔の夜で月はない。留まり損なった星がひとつ、またひとつと空から次々落下して、それでも 星はなみなみと天を満たし、あたりは明るい。そういえば前の世で男が死んだ夜も星月夜だったと思い出し、伊達は顔を顰めた。 口に含んだ煙草が一気に不味くなる。あのときは再会した翌日に死なれて酷く堪えたのだ。そうしてそれは今回もさほど変わらないだろう。 きっと。
 ひとめ見たときから男に残された時間が僅かだと分かって、男もそう自覚しているはずだった。それなのに男は焦れったいほどに 伊達との関係を縮めようとしない。男が伊達を特別だと言ったのはひと月のちのことで、手を繋いだのは七度目、口づけたのは十一度目 に会ったときのことだった。そして今夜、想いを交わしたあとに男はこれでなにも思い残すことはありません、と言った。 酷いことを言うと思ったが伊達は黙っておいた。酷いのはお互いさまなのだ。幾度も繰り返される離別のなかで、ただ嘆き悲しむだけの 純粋な涙は失われてしまった。どこか悲劇的な恋に酔っている自分がいることを伊達は知っている。
 扉を一枚隔てた向こうで男が咳き込んでいる。肺を患っているのか時折嫌な咳をしていた。ふた月と保たないだろうな。 まるでひとごとのように思う。煙草盆に煙管を打ち付けて伊達は立ち上がった。結局のところ、繰り返される悲劇を止める気持ちは 毛頭ないのだ。
 今夜は手を繋いで眠りたいとねだってみようか。見当違いなことを考えながら戸を開ける伊達のうしろで星が連なって落ちる。 真珠の首飾りのように次々と引き摺られて燃え尽きていくのに、それでも空は満点の星をたたえて明るい。嗚呼。





群星