!attention!
 魔女宅パロです。さすけとまーさまは猫です。ネコミミじゃありません。




 取り繕っちゃってさ、見てらんないよね、まったく。
 佐助は二階の窓から眼下を見下ろして毒づいた。赤レンガの屋根はぽかぽかに暖まって昼寝にもってこいだ。花壇には春の花が満開で モンシロチョウがふらふらと泳いでいる。のどかな昼下がり、日向ぼっこでもしようと部屋から出た佐助は肩をすくめた。
 外にいるのはこのパン屋のあるじの片倉と居候の幸村だ。配達に出るのだろう、バゲットの入った袋を抱えた片倉の足元に黒猫が一匹、 にゃあにゃあとまとわりついている。気を引きたいのだろう、必死に頭を擦り寄せているのを見かねた幸村がさっと手を伸ばして抱き上 げた。
「政宗殿はそれがしと留守番でござる」
「ミギャア!」
 幸村の手にガリガリと爪を立て、フーフー威嚇していた猫はけれども、片倉が耳の後ろを撫でてやるとすぐに大人しくなった。
「わりぃな、真田」
「いいえ、なんのこれしき」
 いい子にしていろよと頭をひと撫でして強面のパン屋は車に乗り込んで行ってしまった。ひとりと一匹はしばらく片倉を見送っていた が、幸村の力が緩んだのを見計らって黒猫は思いっきりその手に噛みつくと、ひらり、地面に降りたった。
「い、痛いでござる!」
「Ha,てめぇが離さねぇからだろうが。おかげで置いてけぼりじゃねぇか」
「町長さんは猫が嫌いゆえ、仕方なかろう」
「だったら!お前が配達に行けばいいだろ。その箒はお飾りか、アァン?」
「なっ…無礼なッ!」
 ぎゃんぎゃんと言い合うふたりには来店を告げるベルも届かないようだ。佐助は首を振ると屋根から飛び降りた。
「旦那、お客さんだよ」
「おお、すまぬ!」
 ただいま!と我に返った幸村はドアへ駆けていき、あとには猫が二匹取り残された。近付いてきた佐助に政宗はくるりと背を向ける。
「shit,あの女、小十郎にぜってぇ気があるんだ。色目使いやがって」
「いーじゃない。未亡人の別嬪町長さんでしょ。俺様は嫌いじゃないけどね」
「よくねぇ!」
 すごい剣幕で振り返った政宗の横をモンシロチョウが飛んでいく。平和な春の一日、佐助としては早く昼寝がしたい。 パン屋の屋根というのは竈のおかげかとても居心地がいいのだ。
「おばかさんだねぇ、伊達ちゃん自分が猫ってこと忘れてんじゃないの?」
 佐助の言葉に政宗はぐっと詰まった。政宗は片倉の飼い猫で、なにも飼い主の人間関係に口を挟む権利はないのだ。
「みゃー、なんてかわいこぶっちゃってさ、言葉を話せないただの愛玩動物のふりして楽しい?俺にはあたまの悪い子にしか見えないよ」
 佐助が飛びつくと小さな政宗はあっけなくころん、と横に倒れた。もとより子猫ほどの大きさしかない政宗では分が悪い。 しばらく佐助をのけようとじたばたしていたが、諦めたのか動かなくなった。菜の花の花粉をいっぱい付けてすっかりふてくされた 政宗の右のまぶたをべろりと舐める。政宗は心底嫌そうな顔をしたので佐助は満足して放してやった。
 古来より猫は神聖な生き物だ。魔法使いがパートナーに選ぶだけあって、魔力も高く人語を操るものも少なくない。 佐助は魔女の家で育った猫で、小さいころから幸村に付くことが決まっていた。修行のためにふるさとを離れてこの町で暮らす幸村を 助けることが佐助の役目だ。そして政宗も同じく魔力の高い猫だった。それなのに彼は人語を解さないただの猫のふりをしている。 それが佐助には腹立たしくて仕方がなかった。
「片倉の旦那もさ、あんたが話せるって知ったら喜ぶんじゃあないの」
 この町のひとは魔女や猫に偏見がない。それだけではなく片倉自身も魔術のたしなみがあるようで、種まきをした畑を荒らされない ように鳥除けの呪文をかけているのを佐助は何度か見ていた。
 むすりと黙った政宗は佐助から離れて花壇の中に入ってゆく。菜の花が政宗の躯に合わせ、みぎにひだりに動いて道を作った。 遠くの方から幸村の自分を呼ぶ声がして、佐助は店へと向かう。完全にそっぽを向いたから政宗は片倉が帰ってくるまで戻ってくること はないだろう。
 振り返ると黄色の花の海から黒い耳と尻尾だけがちょこんと覗いている。菜の花にとまりそこねたモンシロチョウが ふらふらと政宗のあたまの上に落っこちて、三角の耳がぴんと揺れた。