政宗が生まれたとき、西方では桐の花が咲きみだれ鳳凰が歌い、そのさえずりと花の香は風に運ばれ幾千の山河を隔てたこの都にまで
届いたのだという。稀なる吉事と仙人や賢者が贈り物を手につめかけ、后の胸に抱かれた何も知らぬ赤子に傅いた。政宗は生まれながら
にして既に王であったのだ。
金銀財宝、趣向を凝らした貢ぎ物は幼い政宗に理解できるはずもなかったが、埋もれるほどの贈り物のなかでふたつ気に入ったものが
あった。何処かの仙人が政宗のためにまじないをかけて植えてくれた枝垂れ桜と父帝が政宗につけた守役の少年である。
朧気ながら記憶にとどめている最初の景色はそれだ。少年に抱かれて政宗は桜の花の下にいる。頭上には夕焼けをずっと淡くしたいろが
広がり、時折風が天女の羽衣のような柔枝をゆらゆらとさざめかせた。
赤子なりに政宗は桜が好きだった。花が差し伸べる枝垂れた手を掴もうと届かぬちいさな腕を懸命にのばす。それを幾度か繰り返して
いると少年の手が花枝を捕まえて政宗に握らせた。柔らかな花びらが手に触れて、政宗は少年を見上げて歓声をあげた。
幾度目かも分からぬため息を政宗はつく。
戯れに聞いた話は想像以上の威力で政宗を打ちのめした。美しく、賢くしっかりとして優しいのだとか。家柄もよく縁談は選り取り
見取りの才女。もとが貧しい出である小十郎には破格の待遇とも言えた。政宗は手にした扇を投げ出す。小十郎は現帝である政宗の第一
の寵臣だ。下らない縁談なら小十郎に相応しくないと反故にすることもできた。けれども此度の話は政宗にも手が出せぬほどよく整って
いる。
ぐっと拳を握り込む。いつも小十郎は政宗の側にいてくれた。臣として、兄として、最高の理解者として。時には励まし時には諌めて、
そしてそれはこれからもずっと。すぐ側で愛情をそそぐ男をどうして好きにならずにいられたろうか。
政宗が断れと言えば小十郎は迷わずそうするだろう。けれどもその行いは余りに卑怯だ。政宗は近いうちに后を迎えなければならない。
古代から絶えずに継がれてきた、帝の血筋を引く者のつとめである。所詮は許されるはずのない想いなのだ。
けれども、小十郎が妻を娶りその間に子供をもうけることを喜んでやるのはできそうになかった。それだけはどうしてもだめだった。
あの手があの指が、自分以外の存在を抱き、花を握らせるなど。
政宗は深く、幾度目かも分からぬため息をつく。未だこの世に居もしない赤子に激しく嫉妬していた。
桜ひとひら
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