なにをやらせてもそつがなくけちのつけられない人間こそあらを探してみたくなるものだ。政宗にとって小十郎はそういう男だった。
 伊達には三傑と呼ばれる重臣がいる。武の成実、吏の綱元、そして智の景綱。小十郎の得意とするのは知略であるはずなのに彼は剣も 滅法強い。戦場はともかく、稽古での一対一になれば成実ですら小十郎と試合うのを嫌がった。そもそも彼が父輝宗に見出されたのは 剣の腕が切っ掛けで、幼い政宗に剣術を教えたのは小十郎なのだ。かと言って仕事一辺倒かと言えばけしてそうではない。あんな形を して笛を嗜むし、小十郎の作る野菜は越後の軍神や真田の忍びも強請りに来るほどに美味――もはや名人レベルなのだ。
 若さゆえ血気にはやりやすい政宗を諫める胆力もあり、けれども己が前に出ることはなく一歩引いたところで主を守る。豊臣も徳川も 欲しがるような臣の鏡である。少々口うるさい嫌いがあるが。
 それで、だ。
 どうだ!俺の小十郎はperfectだろう?と言い触らしたいかといえばむしろ逆というか、小十郎が完璧であればあるほど政宗は居たたま れない気持ちになるのだ。流石に家臣たちの前ではないが、傅役であった小十郎は政宗の言動をぴしゃりと叱り飛ばすことがある。 そういう点でいつまでも子供扱いである。加えて十の年の差だ。正直頭が上がらない時もあった。涼しい顔をした己の右目を困らせて やりたい、ぎゃふんと言わせてやりたい。上田のライヴァルから届いたご機嫌伺いの文を片手にそんなことを思っていた政宗ははたと 気が付いた。
 そうだ!何人たりとも成し得ぬ無理難題をふっかければいいではないか。小十郎とて人の子。出来ぬことのひとつやふたつあるはずだ。 いいことを思いついたと政宗はにんまり笑った。待ってろよ小十郎。参りましたと膝を折らせてやる!


「…それで政宗様、政務を投げ打って小十郎をお呼びとは余程火急の趣なのでしょうな」
「OK!OK!んな顔しなくても後でちゃちゃっと片付けるから気にするな」
「大丈夫ではないから申し上げているのです。第一するとおっしゃって後からされた試しがないでしょうが」
 なんだよ異国の言葉は分かりませんとか言ってちゃんと分かってんじゃねぇか。あえて無視かよ。言いたいことは山ほどあるが これ以上言い合いを続ければ確実に負けるのは政宗である。そこはぐっとこらえて人に命じるときの声で名を呼べば、そうと 知ったのだろう。小十郎は姿勢を正した。
「小十郎、俺は欲しいものがある。取ってきてくれるな?」
 そうすれば小十郎の目がきらりと光ったのを政宗は見逃さなかった。この男が自分に甘いことを(出来ればなんでも叶えてやりたいと 思っていることを)政宗はちゃんと理解している。
「は、なんでございますか」
「星だ」
「は?」
「小十郎、俺は空にある星を手に入れたい。どうしてもだ。どうしても欲しい!俺の小十郎は俺のために星を取ってきてくれるな?」
 明日の晩には持って来いよと言い捨て、ぽかんとした小十郎を放って政宗は部屋を出た。振り返れば小十郎はまだ固まっている。 政宗は心の中で勝鬨を上げた。
 俺の勝ちだぜ、小十郎!





 次の日の晩、小十郎が降参ですお許しくださいと言ってくるのを政宗は今か今かと待ちかまえていたのだが、彼はなかなか現れなかった。 夕刻まで同じ部屋で政務に勤しんでいたのだ。どこかに出る用事もなかったはずである。
 さては政宗の子供じみた願いに愛想を尽かして暇を取ってしまったのだろうか。いや小十郎はなにがあっても政宗の側を離れぬ覚悟を 決めているはずだ。ならば主の命を果たせぬ不甲斐なさに今頃屋敷のどこかで腹を切ろうとしているのでは…と政宗が些か不安になって きたときだ。失礼、低い声がかかってなめらかに襖が開いた。お待ちかねの小十郎である。
 だが手ぶらでくるだろうと高を括っていた男の脇に大振りの杯を見つけて政宗はぎょっとした。 丁寧に丁寧に漆を塗られた杯には透かし模様の花が散る懐紙が被せられている。 それをうやうやしく差し出されて思わずごくりと喉が鳴った。
「どうぞ」
 目の前に出されてしまえば受け取らぬわけにはいかない。まさか本当に星を取ってきたわけじゃねぇだろうな。半ばやけっぱちな 気持ちでえいやと懐紙を払えばぽろぽろとちいさな星が転がり出てきた。
「…oh,小十郎あのな、」
「星にございます」
「いや、いいか俺が欲しいのは」
「小十郎の星はお気に召しませんか」
 真顔で返されてどうしようかと頭を抱えたくなる。器に綺麗に盛られているのは金平糖だった。金平糖だろうと言えば星でございます の一点張り。結局、先に音を上げたのは政宗だった。
「どうやって取ってきた?」
「釣りました」
「釣竿と餌でか」
「はい」
 しれっと答えてはいるが、政務の合間を縫って町に出るのは大変だったであろう。主の口に入るものを小十郎が他に頼むわけがない。 さんざん悩んだ彼が飴屋でちいさな星を買い求めるのを思い浮かべて政宗は笑いをかみ殺すのに往生した。困らせてやるつもりだった けれど、きっと小十郎は政宗のどんな願いでも叶えてしまうのだろう。そう思うともうどうでもよくなってしまった。
 一番上に乗っていた桃いろの星を口に放り込むとじんわりと甘みが広がる。青いのはないのかと聞けばようやく小十郎が破顔した。 お待ちくださいと荒れて節くれだった手がなだらかな星の山を崩してたったひとつの色を探し始める。
 刀を握り、鍬を握る手。命を奪い、また命を生み出す政宗がこの世で一番にうつくしいと思う手が、政宗のために星を探している。 なぜか胸の奥がぎゅうと締め付けられて、向かいに座る小十郎に気取られないよう政宗は慌てて視線をそらした。

 ひどく甘ったるい夜のなか、天からこぼれ落ちたちいさな星が政宗の膝の上にぽろぽろと転がった。





小十郎、星を釣る